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第1026話

Author: 宮サトリ
写真には、瑛介の背中が主役のように写り込み、その横顔と視線の先には、三人が抱き合う光景が収められていた。

「どう?四人家族、とても上手に撮ったでしょう?」

瑛介は母の言葉には答えず、ただしばらく黙って写真を見つめていた。そして低く言った。

「その写真、送ってくれる?」

写真を受け取った瑛介はすぐにそれをスマホの待ち受けに設定し、何度も何度も見返した。

その様子を見た瑛介の母は、心の中で、ただ無言で首を横に振った。

宮崎家の男たちは皆、一度心を決めたら生涯ひとりの女を想い続け、妻にとことん尽くす。それが宮崎家の血筋なのだ。

世の中には、息子が妻を大切にするあまり自分を顧みないことに嫉妬する母親もいる。だがそれは結局、夫から十分に愛されなかったから。もし夫がきちんと愛してくれるなら、息子に埋め合わせを求める必要もない。

「さあさあ」

和紀子の声が部屋から聞こえてきた。彼女が両手いっぱいに食べ物を抱えて台所から出てくると、瑛介がすぐに歩み寄って手伝った。

弥生も立ち上がって手を貸そうとしたが、瑛介が動いたのでそのまま座っていた。

やがてテーブルの上には料理が並んだ。市場で買ってきたばかりの食材や、その日の朝に摘んだ果物。さらには和紀子が普段手作りした菓子や果餅まで。

「さあ、食べなさい。いっぱい食べて。痩せすぎだわ」

和紀子は勧めながら弥生に差し出した。

弥生は笑顔で受け取り、心の中で安堵する。肉や生臭いものではなくてよかった。

そうでなければ本当に吐いてしまうところだった。

甘い菓子をひと口かじると、和紀子が期待に満ちた目でこちらを見ていた。

「どう?美味しいでしょ?」

「とても美味しい。おばあちゃんが作ったの?」

弥生がそう言うと、和紀子は嬉しそうに笑顔を見せた。

「そうよ。暇なときに自分で作るの。ちょうど子どもたちが遊びに来ていたから、少し多めに作ったの。気に入ったなら、帰るときに新しいのを焼いて持たせてあげるわ」

「ありがとう」

弥生はもう二口ほど小さくかじったが、さすがにそれ以上は進まなかった。すると瑛介が彼女の隣に腰を下ろした。

「僕も食べてみたいな」

低く響く声が耳元にあった。返事をする前に、瑛介は彼女の細い手首を取ると、その手に持っていた菓子を自分の口元へ運び、一口でかじった。

弥生は思わず息を呑んだ。彼の
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